2017年05月25日

努力。

自分の子供たちに、努力できる人間に育って欲しいと願うわけです。

やらされたものは伸びないから、自発的に求めて動けるように・・・、これを理想にやってきましたが、自我も強くなり、理想だけではこれからの学校教育、社会には適応していけないと感じ始めています。

私は実際にこれまで生きてきて、結局、競争社会でした。
でもそれはマイナスの意味ではなく、自分を高めてくれる環境だったのです。
自分の能力を引き出していくためには、厳しい空気が必要です。限界に挑戦してこそ、その先の自分に出会えるわけだから。
私より努力できる良きライバル(友人)に囲まれ、甘えを許さない先生方に導いて頂き、努力して究めていく姿勢を学びました。
その厳しさ故に、精神的に病むことも多々あり、その度に”これは試練だ、乗り越えられるかどうかが試されている”と思って、もがき苦しんで何とか打破してきました。

東京芸大には優秀な仲間がたくさんいて、当時は羨ましさと妬ましさがあって、なかなか素直に認められなかったけど、本当はわかっていた。自分より遙かに努力の人間だから、当然の結果であることを。
先生も言われていた。「ここの学生は、努力できる才能はある。天才はいないけどね」と。
前にも書いたけど、やっぱり、何かが人よりできる人は、人より努力している。

その姿勢は幼少期から作られ、一生の基盤となる。
努力なくして得た快楽や喜びは、はかなく消え去ってしまうけど、努力して得たプロセスや充実は、人生の肥しとなって、自分を支えてくれる。人生の財産だ。

それを子供たちに伝えたい。
でも、、、難しい。
子供は(いや、人間は)、甘い蜜を吸いたくなるから、「いや」が想定通りの運び。
私はもういい大人だから、やるべき時は自分を律するけど、子供たちに対しては、大人がその環境を作って(厳しくして)あげないといけない。
叱る時、怒る時、諭す時、どの程度、どういう方法で、、、正直、わからない。試行錯誤と反省の繰り返し。
親が正しいわけではない。でも、誘導してあげないといけない。
日常の細々したことが嫌になることも多々ある。

でもふと思った。
優秀だった尊敬する仲間の言葉。”自分は努力しないとできない人間だから、これからも努力し続ける”。
そうだ、努力はピアノに限ったことではない。
忍耐強く、子供を育てること。これも努力だ。私(親)も、努力するんだ。
きっと未来には、お互いに、知らなかった世界・可能性が広がっている・・・と信じて。
posted by kaorina at 13:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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